« 被災地の親族に会ってきました(5) | メイン | 板橋区議会議員選挙・板橋区長選挙の期日前投票所について »

被災地の親族に会ってきました(6・最終回)2011/04/13

陸前高田市のレポートは今回を最終回にします。

妻の実家では、田んぼが水没して、塩分を含んでしまったため、
今後は作物がおそらく収穫できないだろうと心配されています。
全国的に見ても、米や野菜の収穫に関しては大きな損失が見込まれます。

沿岸地域では、漁業に深刻な被害が出ています。
広田湾といえば、牡蠣の品質日本一と言われており、
水がきれいで魚介類の宝庫です。
他にも、ホタテ、ホヤ、アワビ、ワカメなど、
三陸のきれいで深くて近い海だから獲れる食材は、
ほぼ壊滅状態となりました。

P3311154 
牡蠣の養殖イカダが、電信柱や電線に乗っています。
津波の高さと威力の一端が分かります。

P3311152 
家が漂流しています。屋根の下は、うかがい知ることができません。

P3311135 
堤防は、越えただけでなく、
根元からポッキリ折れています。
津波の力に完全に押し流されてしまっています。
コンクリートで重量を持たせても、
自然に対していかに無力かということを思わされます。

他にも、遺体安置所の話や、当日の被害の状況など、
悲惨な話はたくさんございますが、
この場で書くのも適さないかもしれません。

ですので最後に、
妻の実家から要望された支援物資の中でも、
本当にこちらの意識に無かったものをご紹介します。

それは、
野菜の種です。

農協やホームセンターが流されてしまい、
農家は夏や秋の収穫に向けた活動が完全にストップしてしまいました。
妻の実家は、幸いにして高台にありますので、
低地の田んぼは水没しても、畑は生きています。
そろそろ畑に種を蒔くシーズンだそうですし、
人様に迷惑をかけず、自給自足をしたいという思いもあります。

まだまだ避難所で厳しい生活を送っている方もおられます。
毎日、水汲みに台車を押して何往復もしている人がおられます。
ですが少しずつ、それぞれのできるところから復興が始まっています。
一過性で無く、長い目で復興を支えていく必要があると感じています。

18:31 2011/04/13

コメント

この記事へのコメントは終了しました。